Nawata Kengo blog

社会心理学・集団力学・組織心理学の研究ブログです。

集団間紛争・集団暴力に関する社会心理学のお勧め書籍紹介

 

集団間紛争・集団暴力に関する社会心理学のお勧め書籍紹介

 

集団間紛争・集団暴力に関して,社会心理学領域の日本語の書籍を紹介いたします。

主には,専攻する学生や研究者向けのまとめです。

 

最初に「1.集団間紛争・集団暴力」に関する本を紹介します。

次に,集団間紛争に関する認知過程として重要となる「2. 偏見・差別・ステレオタイプ」に関する本を取り上げます。

3.では集団に関するものだけではなく,攻撃研究全般に関する「3. 攻撃」の社会心理学の本を紹介します。

最後に,個別トピックや上記で漏れた本を「4.その他」に入れ込んでいます。

 

1. 集団間紛争・集団暴力

集団間紛争の社会心理学研究を理解する上では,下記がお勧めです。

●縄田健悟『暴力と紛争の"集団心理"』
●バルタル『紛争と平和構築の社会心理学:集団間の葛藤とその解決』
●大渕憲一 (監修)『紛争・暴力・公正の心理学』 
●ピンカー『暴力の人類史 上・下』

縄田健悟『暴力と紛争の“集団心理”: いがみ合う世界への社会心理学からのアプローチ』

いきなり自著で恐縮ですが,このテーマなら本書をまずはお読み下さい。

集団間紛争や集団暴力に関して直接的に説明・議論した本が無いからこそ執筆したところでもあります。

詳細な紹介記事はこちら

 

目次

序章 暴力と紛争の〝集団心理〟――社会心理学の視点から

第Ⅰ部 内集団過程と集団モード
第1章 集団への愛は暴力を生み出すか?
第2章 集団への埋没と暴力――没個性化,暴動
第3章 「空気」が生み出す集団暴力
第4章 賞賛を獲得するための暴力――英雄型集団暴力
第5章 拒否を回避するための暴力――村八分回避型集団暴力

第Ⅱ部 外集団への認知と集団間相互作用過程
第6章 人間はヨソ者をどう見ているのか?――偏見の科学
第7章 「敵」だと認定されるヨソ者――脅威と非人間化
第8章 報復が引き起こす紛争の激化

第Ⅲ部 暴力と紛争の解消を目指して
第9章 どうやって関わり合えばよいのか?――暴力と紛争の解消を目指して

 
バル・タル『紛争と平和構築の社会心理学:集団間の葛藤とその解決』
国家・民族レベルの集団間紛争を中心とした社会心理学研究がまとめられた本です。

学部4年生以上向けでしょうか。
原書は2010年,翻訳2012年刊行です。

どの章も集団間紛争を理解する上では重要なトピックです。
この領域をテーマにしたい卒論生や大学院生の方は通読することをお勧めします。

序章 葛藤・紛争と社会心理学
第1章 豚,スリングショット,およびその他の集団間紛争の基盤
第2章 紛争の知覚
第3章 集団間紛争における感情と感情制御――評価基盤フレームワーク
第4章 紛争の集合的記憶
第5章 アイデンティティと紛争
第6章 イデオロギー葛藤と極化――社会心理学の視点から
第7章 政治的暴力,集団間紛争,民族カテゴリー
第8章 テロリストの心理――個人,集団,組織レベルの分析
第9章 紛争解決における社会心理的障碍
第10章 紛争解決に対する社会心理学的アプローチ
第11章 集団間紛争における交渉と調停
第12章 和解をめぐる主要論点――紛争解決とパワー力動に関する伝統的仮定への挑戦
第13章 平和構築――社会心理学的アプローチ
終 章 クローゼットを開けるために

 

紛争と平和構築の社会心理学: 集団間の葛藤とその解決

紛争と平和構築の社会心理学: 集団間の葛藤とその解決

  • ダニエル バル・タル (著), Daniel Bar‐Tal (原著), 熊谷 智博 (翻訳), 大渕 憲一 (翻訳)  2012/10/19
  • 北大路書房
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大渕憲一 (監修)『紛争・暴力・公正の心理学』

この本は,大渕先生に関わる研究者の方々で執筆された本で,紛争関連のトピックが整理されている良書です。

特に下記の章は集団間紛争や集団暴力と関わる内容です。

15章 集団間紛争とその解決および和解(熊谷智博)
16章 集団間葛藤の低減(浅井暢子)
17章 文化間葛藤と価値観(加賀美常美代)
18章 偏見と差別(山本雄大
19章 ステレオタイプ研究再考(潮村公弘)
21章 非行集団と暴力犯罪(中川知宏)

紛争・暴力・公正の心理学

紛争・暴力・公正の心理学

  • 作者:大渕 憲一,田村 達,福島 治,林 洋一郎,熊谷 智博,中川 知宏,上原 俊介,八田 武俊,佐々木 美加,山口 奈緒美,高久 聖治,小嶋 かおり,福野 光輝,佐藤 静香,渥美 恵美,川嶋 伸佳,鈴木 淳子,青木 俊明,浅井 暢子,加賀美 常美代,山本 雄大,潮村 公弘,森 丈弓,戴 伸峰,近藤 日出夫
  • 北大路書房
Amazon
ピンカー『暴力の人類史(上・下)』

文明化に伴う暴力の時代的な減少を統計的に示しています。
特に心理学で重要なのは下巻です。
社会心理学の攻撃性・暴力性・集団間関係の研究もたくさん紹介されています。

文明論として暴力や紛争を扱い,なおかつその心理過程まで議論する上で示唆に富む本です。

大部なのですが,ぜひ通読してみて下さい。 

なお『暴力の人類史』の出版後の統計データをフォローしたい場合には,ピンカーが暴力の人類史の後に出版した『21世紀の啓蒙(上・下)』も一緒に読むとよいでしょう。

 

その他重要文献

その上で,教科書的な知見をアップデートするために,

第7章 ミルグラム服従,第8章ジンバルドー監獄実験,第9章シェリフサマーキャンプ,第10章タジフェル最小条件集団

あたりを一緒に読むとよいでしょう。

 

また,大渕先生は,上で紹介した本以外にも,紛争の社会心理学研究に関して多くの本を出版されています。まとめて紹介します。

集団間関係の理論的系譜に関しては下記の本によく整理されています。

 

 

2. 偏見・差別・ステレオタイプ

集団間紛争の心理過程を理解する上で偏見・差別・ステレオタイプに関する社会的認知研究を外すことはできません。

 

上瀬由美子『ステレオタイプ社会心理学ー偏見の解消に向けて』

ステレオタイプ社会心理学研究の入門的には,セレクション社会心理学から入りましょう。

 

北村英哉・唐沢穣 (編著)『偏見や差別はなぜ起こる?: 心理メカニズムの解明と現象の分析』

セレクション社会心理学を読んだら,次はこの本ですね。

社会心理学の偏見・差別研究者が集まって作った本です。

どのトピックも重要なものです。目次をコピペしました。


第1部 偏見・差別の仕組み――心理学の理論と研究から読み解く
 第1章 ステレオタイプと社会的アイデンティティ ●大江朋子
 第2章 公正とシステム正当化 ●村山 綾
 第3章 偏見・差別をめぐる政治性―象徴的偏見とイデオロギー ●唐沢 穣
 第4章 集団間情動とその淵源 ●北村英哉
 第5章 偏見の低減と解消 ●浅井暢子

第2部 偏見・差別の実態と解析――さまざまな集団・社会的カテゴリーに関する偏見と差別
 第6章 人種・民族 ●高 史明
 第7章 移民 ●塚本早織
 第8章 障害 ●栗田季佳
 第9章 ジェンダー ●沼崎 誠
 第10章 セクシュアリティ ●上瀬由美子
 第11章 リスク・原発 ●樋口 収
 第12章 高齢者 ●唐沢かおり
 第13章 犯罪 ●荒川 歩

 

 

 

その他重要文献

 

3.攻撃性・暴力性

集団のものに限らず,人間の暴力性に関しては,社会心理学の攻撃研究を押さえておく必要があるでしょう。

大渕憲一『人を傷つける心ー攻撃性の社会心理学(セレクション社会心理学)』

攻撃研究全般を理解する上で最初に読む本としては,やはりここでもセレクション社会心理学ですね。

 

あと攻撃性の研究だと上記の大渕先生の紛争関連の本と合わせて,下記の本が挙げられるでしょうか。

 

また,以下の2点は,いわゆる攻撃性の本とも少しズレるのですが,攻撃性に関する重要な社会心理学文献なのでここで挙げます。

ニスベット&コーエン『名誉と暴力:アメリカ南部の文化と心理』

こちらは,アメリカ南部の暴力の話ですが,単なるアメリカローカル文化の話をしているわけではなく,文化と攻撃性の関係性一般を理解する上で最重要文献です。論理だった展開も読みやすい本です。

 

ミルグラム服従の心理』

アイヒマン実験とも呼ばれる,有名なミルグラムの『服従の心理』も攻撃・暴力を研究する社会心理学では必読書でしょう。

服従実験に興味をもったら,その後の展開・発展を理解する上でも下記を合わせて読むと良いでしょう。

特に最後の『死のテレビ実験』は個人的にお勧めです。
フランスでのTVクイズ場面を元にミルグラム実験を行ったドキュメンタリー的番組の書籍です。社会心理学者が入って実験しており,学術論文もあります。

死のテレビ実験---人はそこまで服従するのか

死のテレビ実験---人はそこまで服従するのか

Amazon

 

また,私の本『暴力と紛争の“集団心理”』の第3章でも服従実験に関して,上記の本を踏まえた最近の展開を整理しているので,こちらもお読み下さい。

 

4.その他個別トピック

4a.社会的アイデンティティ理論に関する本

社会的アイデンティティ理論の本は,あまり新しい本はありません。
以下の翻訳書が数少ない本です。

あたりは読んでおくとよいでしょう。

も古くなりましたが今も必読です。

さらに,同じくブラウンの『偏見の社会心理学』も合わせて読みましょう。

4b. テロリズムの心理学

少し個別トピックですが,

第2章 テロリズム発生における社会心理学的メカニズム (縄田健悟)
第3章 実験社会心理学から見た集団間葛藤 (杉浦仁美)
第4章 集団の光と影 (釘原直樹)

は私を含めて集団間紛争を研究する社会心理学者が書いています。その他の章との関わりも重要です。

 

また,

も合わせて読むとよいでしょう。

 

4c.その他

最後に「その他のその他」ということで関連本を羅列します。

 

以上,取り上げそこねた本もあるかもしれませんが,ひとまず紹介しました。

適宜,追記していきたいと思います。

『暴力と紛争の”集団心理”』の刊行に寄せて

※本記事は,2022年3月4日にちとせプレスのサイトに掲載したものを本ブログにも転載したものです。

 

こんにちは。

『暴力と紛争の“集団心理”:いがみ合う世界への社会心理学からのアプローチ』をちとせプレスさんから出版いたします、著者の縄田健悟です。

ついに本日、発売されることとなりました。

今日はせっかくなのでフランクに本書を書いた動機づけに関する話も交えながら、自著の紹介をしてまいりたいと思います。

こうして紹介記事として書いてみると、本書の「序章」に本の全体像を描いたセクションがあるのですが、この記事に書いたような話も、もっと本の中に入れ込んでしまってもよかったかなと思うくらいです。

書いているうちに、あれよあれよとこの記事も6500字にもなってしまいました。

というわけで、このたびの自著紹介記事もしっかりと本書の内容に+αの部分があると思いますので、まずは本記事を読んでいただいた上で、さらにその勢いでそのままぜひ本書もお手にとっていただけると幸いです。

 

「暴力と紛争」を扱う心理学の本

本書は「暴力と紛争」の本です。

というと、物騒な「暴力と紛争」なんて自分と縁が遠いものだと思われる人が多いかもしれません。

「暴力と紛争」には、確かに戦争や民族紛争といった過激で物騒なものももちろん含まれますが、もっと身近な現象と一続きのものです。

例えば、

  • 自分の大学や会社がよそから馬鹿にされる発言を聞いて、怒りを覚え、強い口調で言い返した
  • 上司から「会社のためだ」と言われるがままに、顧客に損失を与える不誠実な行為を行った
  • 日本が他国よりも素晴らしいと感じ、隣国を貶めるような発言をした
  • ハロウィンの人混みの中でつい羽目を外して大声で迷惑行為をした
  • 悪友から「ビビってるのかよ」と煽られて、するつもりもなかった非行行為をした

 

といったような、自分自身、もしくは周りの人が行ってもおかしくないような、負の感情や反社会的ないし攻撃的な行動があります。

これそのものは通常は「暴力や紛争」とは呼ばないかもしれません。

しかし、重要なのは、そこで生じる”集団心理”の過程は、ここで例示したような身近な現象と、過激で物騒な「暴力や紛争」とで繋がっているものだという点です。

それは程度問題であり、地続きなのです。

逆に言うと、ともすればそういった身近にも生じるような”集団心理”によって、物騒で過激な「暴力や紛争」までエスカレートしていく可能性があるとも言えます。

本書を読むことで、身近な場面でも感じるような”集団心理”が過激な暴力や紛争へと至るプロセスとして理解することを可能とする社会的視座を得ることが期待できます。

 

そして、最後にも改めて書きますが、まさにこの記事を執筆している2022年2月末に、ロシアによるウクライナへの軍事的な侵略が開始されました。

残念なことに縁遠いものであったはずの「暴力と紛争」の脅威が以前よりもずっと身近になってしまいました。

この時代だからこそ、暴力と紛争の”集団心理”の理解はますます重要だ、とも言えるのかもしれません。

 

集団心理”とは

さて、タイトルの後半部分です。

本書のタイトルを『暴力と紛争の”集団心理”』と名づけましたが、集団心理という言葉に、ダブル・クォーテーション(「”」)を付けて、”集団心理”と表記しました。

なぜならば、”集団心理”という用語は、実は心理学者が研究場面で使う学術的な専門用語ではありません。

特に自分の専門を「集団」だと自認する研究者ほど”集団心理”という使わないだろうと思います。

むしろ同業の社会心理学者の方からは、「縄田の奴、本を出版するからって、ちょっと俗世狙いのタイトルをつけたな」と思われているくらいかもしれません。

 

しかし、もちろんそうではなく、あえてこの言葉を使うようにしているのです。

私は、自分が代表の科研費では、2016年以降助成を受けている2回に渡って、研究課題の題目に”集団心理”という言葉を入れています。

暴力と紛争を生じさせる”集団心理”に関する研究は、ここ数年に渡ってまさに取り組んでいる研究課題です。

 

一方で、単なる現在のマイブームだというだけでもありません。

本書にも書いたのですが、私の”集団心理”への興味関心の始まりは、学部生のときに遡ります。

社会心理学の勉強を始めたばかりの当時学部生だった私は、”集団心理”を検索ワードとしても心理学の論文がうまく引っかからず、学術場面で使われる専門用語ではなさそうだということを意外に思いました。

「え、”集団心理”って心理学用語じゃないの?
 じゃあ、あのアレやコレやの”集団心理”の研究ってどうなっているんだろう?」

そんな興味関心をきっかけに、私は集団間紛争を一つの研究テーマとして選び、卒論を書き、そして大学院に進学し、研究を始めました。

つまり、「暴力と紛争の”集団心理”」研究は、私の出発点でもあり、ずっとやりたかったことであり、そして現在改めて本格的に取り組んでいる研究なのです。

 

社会心理学における”集団心理”研究

研究を進めていく中で、社会心理学で「暴力や紛争の”集団心理”」自体が扱われていないわけでもないということも分かってきました。

社会心理学の中でも”集団心理”と関連する研究テーマ群はたくさんあります。

集団間紛争や集団間関係、偏見、差別、攻撃、没個性化、群集暴動、集団意思決定、同調、集団規範、社会的影響などなど。

もしくは、現実場面を取り上げて、民族紛争、外国人差別、いじめ、非行集団、犯罪組織、職場ハラスメント、などを対象とした研究もあります。

社会心理学の研究者は、これらから1、2個のテーマに的を絞って、実証的手法を中心に研究を行っています。

私もご多分に漏れず、そうです。

 

一方で、個々の研究は専門性が深まる中でトピックごとに細分化されています。

それらを、十把一絡げに”集団心理”と呼ぶと、ざっくり曖昧すぎる言葉使いになってしまうがために、研究場面ではあまり用いられてこなかったのかもしれません。

別の言い方をすると、”集団心理”はそれぞれ別々のトピックで研究されており、それらを統合的に議論することは少なかったとも言えます。

 

本書が目指したのは、この部分の克服です。

暴力や紛争を引き起こす”集団心理”を、既存の社会心理学の知見を中心として、大まかながら改めて全体を統合的に整理して提示すること

を狙って書きました。

一つ一つは散逸気味の社会心理学の知見を、一つの視点から串刺しに通して見てみようしたのが、本書だといえます。



2つの集団モードという視点から

では、本書で”集団心理”をどう整理したかというと、2つの「集団モード」という視点を採用して議論を進めました。

人間を機械になぞらえて、「休憩モード」や「戦闘モード」もしくは「お疲れモード」などと呼ぶこともあると思いますが、大まかにはそれと同じような感じで理解していただければと思います。

「集団モード」というモードがあり、そのスイッチがオンになるイメージです。

状況次第で人は「集団モード」のスイッチがオンとなり、集団での暴力に従事するようになるというのが、本書が描いた”集団心理”です。

 

この本では

  • (a) コミット型-集団モード
  • (b) 生存戦略型-集団モード

の2種類の集団モードに大別して、整理を行いました。

序章の図を一つ載せるとこんな感じです。順に見ていきましょう。

 

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(a) コミット型-集団モード

1つ目の側面は、自身が強く没入している自分の集団を守り高めようとして、暴力や紛争に従事するという側面です。

社会心理学では、社会的アイデンティティや集団アイデンティティと呼ばれるものと概ね同義です。

まずは、愛国心が引き起こす(場合によっては引き起こさない)集団暴力の話をしました(第1章)。

次に、いわゆる群集暴動や集団での匿名性が引き起こす攻撃性に関する研究に関して、古典研究とさらに近年の展開を紹介しました(第2章)。

さらに次の章では、人間の暴力的側面に関する社会心理学研究として有名なミルグラム服従実験や、スタンフォード監獄実験のさらにその後の話まで、近年の研究発展を踏まえて整理して議論しました(第3章)。



(b) 生存戦略型-集団モード

2つ目の側面は、いわゆる評判や賞賛獲得・拒否回避の話で、集団の中での自身の立ち位置を気にして暴力や紛争に従事するという側面です。

この生存戦略型-集団モードはさらに賞賛獲得(第4章)と拒否回避(第5章)とに下位カテゴリーへと分けられます。

賞賛獲得志向の生存戦略型-集団モードは、自らが攻撃すれば集団から賞賛されると考えて集団暴力に従事するという側面であり、英雄型集団暴力を引き起こします。

一方で、拒否回避志向の生存戦略型-集団モードは、攻撃しなければ集団から嫌われると考えて集団暴力に従事するという側面です。これは、村八分回避型集団暴力を引き起こします。

 

と、以上までが第1部です。

第Ⅱ部では、さらに外集団との相互作用に話を広げていきます。
偏見とステレオタイプ(第6章)、外集団脅威と非人間化(第7章)、報復による紛争の激化(第8章)といったトピックを扱っていきます。

そして、最後となる第Ⅲ部では、暴力や紛争を解消していくためにはどうするかという話で締めくくっています。

 

つまり、本全体の構成としては、

・第Ⅰ部(第1ー5章)が、内集団の中での話。
・第Ⅱ部(第6ー8章)が、外集団の認知と集団間相互作用の話。
・第Ⅲ部(第9章)が、暴力と紛争の解消・解決

という3部構成となっています。


本書を通して読んでいただければ、本の帯に入れていただいた文句

「我々」には戦う理由(ワケ)がある

の意味もきっと分かっていただけるのではないかと思います。

こんなトピックを入れ込んでいます

以上のように、2つの「集団モード」という視点を中心に全体を構成したのですが、一方で、たくさんある集団間紛争や集団暴力に関する社会心理学の研究知見をできるだけ詰めこみました。

つまり、テーマとしてはあれこれ取り上げながら、2つの「集団モード」から串刺しにしたという感じでしょうか。

キーワードも、羅列的に挙げておきます。

こういったテーマに興味・関心がある人は、何かしら琴線に引っかかるのではないでしょうか?

誰に読ませてあげたいって、学生時代の私自身に読ませてあげたい本ですね。
自分が一番興味があった話を整理して、詰め込んだものですので。

 

第1章 社会的アイデンティティ、内集団同一視、アイデンティティ融合、集団間優越性、国家主義愛国心、集合的ナルシシズム
第2章 没個性化、群集暴動、匿名性、SIDEモデル、ネット炎上
第3章 集団規範、ミルグラム服従実験、監獄実験とその後、従事的フォロワーシップアイデンティティ・リーダーシップ
第4章 評判、賞賛獲得、名誉の文化
第5章 拒否回避、多元的無知、内集団ひいき、集団主義
第6章 偏見、ステレオタイプ、社会的カテゴリー化、現代的差別主義、認知バイアス
第7章 外集団脅威、非人間化
第8章 集団間代理報復、集合的被害感
第9章 集団間接触、視点取得と共感、共通目標と集団間協力、共通上位アイデンティティ、反暴力規範、多様性と包摂性

 

こういう人に読んでいただきたい!

本書を読んでくださる方には、大きく分けて3パターンの方がいらっしゃるのではないかと思います。

(1) 本書の内容に興味を持って読んでくださる方
(2) 他のテーマを専門にする心理学の研究者
(3) 集団間紛争や集団暴力を専門とする社会心理学の研究者

どの方にも”刺さる”ような本になることを心がけて執筆しました。

 

まず、(1)本書のタイトルのような内容に興味を持って読んでくださる方には、「集団モードっていうのがあってそれが暴力と紛争を引き起こすのだ」という大枠の視点と知見を得ていただけるのではないでしょうか。

エッセンスの部分はできる限り、シンプルで理解しやすいものにして、見出しや図表をつなげて読むだけでも、全体像が把握できるものとなるように準備したつもりです。

読み終わる頃にはきっと「暴力と紛争の”集団心理”」に関するものの見方が洗練されることと思います。

また、個別の実験や調査に関する社会心理学の研究知見に関しても、私が面白いと思うものを選んで紹介しているので、読者の方にもきっと楽しんでいただけると思います。さらには、社会心理学という学問への興味を持っていただけるとありがたい限りです。

近接領域の研究者の方にも、理解しやすく、またご自身の研究に資する内容ではないでしょうか。

(2) テーマとしては別テーマを専門としている社会心理学の研究者の方々には、改めて理解を深めていただく機会にしていただきたいと思います。
社会心理学の話であっても専門テーマから少し離れると十分な理解は難しくなってきます。
集団に関する社会心理学の本じたいもそもそも少ないのですが、特に本書のような暴力や紛争の集団研究をまとめた類書はありません。
なんとなく聞いたことがあるけど詳しい話や最近の研究展開まではよく分かっていないという社会心理学を専門とする研究者や大学院生の方には、「あーそういう話なのか」と改めて理解を深める機会となるでしょう。

さらに、ぜひ知り合いの社会心理学の先生には、本書で整理した内容をもとに1、2コマほど授業してもらえると嬉しいですね。

(3)「集団間関係や集団暴力を専門とする研究者」の方々には、個別のトピック含めて、議論の呼び水として、お役に立つのではないかと思います。

本書は単なる解説書ではなく、私の視点から独自に整理した部分もあります。

専門テーマが近いほど、異論・反論・改善点もきっと思い浮かぶでしょう。

ご自身の研究にひきつけて議論していただいて、お互いに今後の研究の刺激になるとよいなと思います。

 

一冊の「本」を書くということ

もともと私は、論文という形式で学術的な成果をこれまで発表してきました。
これは私に限った話ではなく、社会心理学の研究者のほとんどはそうです。
こうした実証研究としてまとめられた個別の論文では、人間の心理や行動に関するデータから発見されたオリジナルな知見を発表することが主眼であり、小ぎれいに整理された話を提示するのに適しています。

一方で、せいぜい10ページ程度の論文には収まらないような、もう少し大枠を示すような話をしていくことが必要だと、私はこれまでずっと思っていました。

すでに書いたように、その関心の中心にあったのは ”集団心理” の負の側面 です。

そんな折、ちとせプレスさんからまるまる一人で本一冊を書く機会をいただけたのは、本当に幸運でした。
大なたを振るった部分もあるのですが、それでも恐らく本書を読んだ後には、暴力と紛争を引き起こす”集団心理”に関して、多少なりとも見通しがよくなるのではないかと思います。

しかしまあ、一人でまるまる一冊書くというのはなかなか大変でした。
当たり前ですが、そもそも本一冊というのは論文と比べても分量がかなりあります。
あれこれ書いているうちに、最終的に製本すると384ページにもなりました。

結果として、ちとせプレスの櫻井さんから最初にお話をいただいてから出版まで6年もかかってしまいました。

とはいえ、6年かかったからこそ、その間にじっくりコトコトと熟成されたのではないかと思っています。

多くの方の手にとってもらえることを願っています。

 

そして、最後に改めて触れておきたいのですが、期せずして、ロシアによるウクライナへの軍事侵略が始まったまさにこのタイミングでの刊行となりました。

日々刻々と情勢が変化している最中であり、今から世界の歴史が一変する可能性も十分にあります。

この本はすでに述べているような内容の本ですので、軍事独裁者の”心理分析”をしている本でも、できる本でもありません。また、個別の侵略戦争の解決に今すぐ役に立つ処方箋が出せる内容でもありません。軍事のロジックと民衆心理のロジックもそもそも違います。

この悲惨で暗澹たる現状に学術研究者がすぐに役に立てるわけではないというのには内心忸怩たる思いもあるのですが、だからといって学問や研究が無力というわけでは決して無いと私は信じています。

たとえ遠回りであっても、本書で議論してきた「暴力と紛争の”集団心理”」を理解することが、ほんのわずかでも世界の平和に貢献するものとなればと願ってやみません。

 

(著者:縄田健悟) 2022年3月4日

Nawata & Yamaguchi (2013). AJSP 集団間代理報復 論文 紹介記事

※この記事は旧HPに記載していた情報をこのたびブログに移動したものです。

 

Nawata, K. & Yamaguchi, H. (2013).
Intergroup retaliation and intragroup praise gain: the effect of expected cooperation from the ingroup on intergroup vicarious retribution
Asian Journal of Social Psychology,16, 279-285.

本文提供ページ(Wiley)
日本語訳本文(PDF)

 

【タイトル】
Intergroup retaliation and intragroup praise gain: the effect of expected cooperation from the in-group on intergroup vicarious retribution
(和題:集団間報復と集団内賞賛獲得:内集団からの協力期待が集団間代理報復に及ぼす影響)

 

【日本語要約】
集団間代理報復とは,外集団成員が内集団成員に攻撃したのちに,被害者集団の成員が加害者集団の成員に報復する現象である。本研究では,内集団からの協力が,賞賛獲得と拒否回避に基づく集団内評判を通じて,代理報復に及ぼす影響を検討した。本実験では,参加者は以前の対戦で外集団成員(勝者)が内集団成員(敗者)が罰金を受けたことを知らされた後に,参加者(勝者)が対戦相手に自由に罰金を与えられる場面による一対一対戦ゲームを実施した。予測通り,参加者は内集団から協力を期待されているときに,協力を期待されていないときよりも,大きな罰金を与えていた。さらに,参加者は罰金を与えることを集団内強力だと見なしていた。パス解析の結果から,賞賛獲得の媒介効果が見られた一方で,拒否回避の媒介効果は見られなかった。したがって,内集団からの協力を期待されると,仲間からの賞賛を獲得しようとして,より強い集団間代理報復がなされることが示された。本知見から集団間紛争は,協力期待と賞賛獲得という集団内評判の力学により激化することが示唆された。

 

【もっと簡単な説明】
・集団間代理報復とは,他集団メンバーが同集団メンバーに攻撃したのを知って,被害者集団の成員が加害者集団の成員に報復する現象である(右図)。
・これを同集団の仲間が罰金攻撃をされた後に,別の他集団メンバーに罰金攻撃を仕返しできるという実験場面で検討。
同集団メンバーから協力してほしいと期待された場合と期待されない場合で,代理報復としての罰金攻撃の金額に違いがあるかどうか検討した。
・その結果,同集団メンバーから協力を期待されたときに,罰金による代理報復攻撃が強く行われた。
・また,同集団メンバーから賞賛されることを求めて,この代理報復が行われたことも示された。
 

【補足図】

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【日本語翻訳した図表】

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f:id:nawaken:20210416122608p:plain

 

【キーワード】
集団間代理報復,集団間紛争/集団間葛藤,集団間関係,報復,評判

[論文紹介] Nawata, Yamaguchi, & Aoshima (2020). "対人交流記憶システムに基づくチームの暗黙の協調" (Team Implicit Coordination Based on Transactive Memory Systems)

 

Nawata, K., Yamaguchi, H., & Aoshima, M. (2020).
Team Implicit Coordination Based on Transactive Memory Systems
Team Performance Management: An International Journal, 26, 375-390.

(対人交流記憶システムに基づくチームの暗黙の協調) 

DOI: 10.1108/TPM-03-2020-0024

 

一枚概要はこちらです。 

f:id:nawaken:20200811102426p:plain


 

目次

 

 

はじめに

この論文は,論文誌「Team Performance Management」に掲載された論文です。

2020年8月10日付けでオンラインで出ました。
 

・日本国内3社の216チームを対象に分析
・チーム内で「誰が何を知ってるか」を共有することで"阿吽の呼吸"が実現し,チーム成果が高まる。
・そのためには,日常的によくコミュニケーションを取ることが重要

ということを本論文で示しました。

では,もう少し細かく見ていきましょう。

 

暗黙の協調と対人交流記憶システム

本論文で扱っているチームの行動・認知は①暗黙の協調と②対人交流記憶システム です。

暗黙の協調 (implicit coordination)

これはいわゆる阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)です。

お互いに言葉がけをしてコミュニケーションを取らずとも,うまくメンバー間で連携がとれた状態のことを指します。

スポーツで言うとノールックパスが分かりやすいでしょう。
お互いに声がけもなく,円滑に連携を取ってパスを繋ぐことができるのです。

企業組織場面では,誰も指示や援助要請を出さなくとも,業務に対して自発的に役割分担をこなしながら,円滑に連携を取って,業務を遂行する
というものになります。

 

ちなみに,暗黙の協調に関しては,我々の協調迷路課題を用いた実験室実験研究もぜひお読み下さい。

→ 秋保・縄田・池田・山口 (2016) 社会心理学研究

 

②対人交流記憶システム (トランザクティブ・メモリー・システム;Transactive memory system)

対人交流記憶システム(トランザクティブ・メモリー・システム)とは,ビジネスの世界で「ノウフー共有」と呼ばれるものと概ね同義です。
これは「ノウハウ(Know-how)」に対比されるもので,「Know-who」=「誰が」を知っている状態です。

このような,「チームの中で誰が何を知っているのか」(who-knows-what)が分かったチーム状態が「対人交流記憶システム」(Transactive memory system)と呼ばれます。

 

誰がどんな専門性や役割を担っているのかを的確に相互理解できていることで,
チームがちょうどジグソーパズルのようにお互いを補完し合いながら
各人の強みを活かし,弱みを助け合うチームにできるのです。 

本研究の仮説

本研究では

日常的によくコミュニケーションを取っていると(日常的コミュニケーション)
  ⬇
お互いに誰が何を知っているかがよく分かるようになる(対人交流記憶システム)
  ⬇
阿吽の呼吸でチーム連携が取れる(暗黙の協調)
  ⬇
チーム成果があがる

 というプロセスを仮説として立てました。

 すなわち

日常的コミュニケーション → 対人交流記憶システム → 暗黙の協調 → チーム成果

というチームレベルの効果が見られると予測し,これを実際の企業組織のチームで検証していきましょうというのが,この論文で行ったことです。

 

方法

日本国内の3企業,216チーム,1545名に質問票調査に回答いただきました。

また,チーム成果の指標としてもチームごとの社内評定や目標達成率を用いました。
(ただし,この指標が使えたのは2社分のみです) 

以上のデータに基づいて,特にチームレベルのプロセスを見ていく,マルチレベル構造方程式モデリングという統計分析手法を用いて,検討しました。

 

結果と考察

予測どおり,

日常的コミュニケーション → 対人交流記憶システム → 暗黙の協調 → チーム成果

というチームレベルのプロセスが得られました。

 

つまり,
①日常的コミュニケーション:日常的によくコミュニケーションを取っているチームでは,

  ↓

②対人交流記憶システム: 「誰が何を知っているのか」をしっかりと共有できていて,

  ↓

③暗黙の協調: その結果,コミュニケーションを取らずとも阿吽の呼吸で連携がとれて,

  ↓

④チーム成果: ひいてはチームのパフォーマンスが高まる

というプロセスが得られました。

 

この結果は,ある意味で,矛盾しているように思えるかもしれません。

というのも,
「コミュニケーションを取らない暗黙の協調を高めるには,日常のコミュニケーションが重要である」
という結果ですから。

 

しかしこれは時間軸を考慮に入れれば適切に理解できます。

常日頃には日常的なコミュニケーションをしっかりと取って,チームの認知共有(ここでは"ノウフー")が的確に構築できることによって,
まさにいざ業務にリアルタイムで対応する場面では,コミュニケーションを取らずともチームの「暗黙の協調」行動が実現できるのです。

 

これを言い換えると,

コミュニケーションを不要とするチームの暗黙の協調を実現するためには,
逆説的ながら常日頃には日常的なコミュニケーションをしっかりと取って,チームの認知共有状態の構築が重要
だといえます。

 

以上の結果から,

まずは,阿吽の呼吸で連携して活動するためには,誰が何を知っているかを的確に把握し,ジグソーパズルのように相互に補完し合うチーム認知状態を作ることの重要性が示されました。

また,挨拶や雑談を含めて,日常的によくコミュニケーションを取る中で,こうした対人交流記憶システムが構築され,暗黙の協調が実現できるチームができることが示唆されました。

 

【以下,研究者向け】
●構造方程式モデリングのパス図

f:id:nawaken:20200811015249p:plain

 

●変数の順序も上記のモデルが最も適合度が高いものになっていました。

f:id:nawaken:20200810151331p:plain

 

オマケ:本研究に関わるあれこれ

以下は,本研究に関わる研究小話を少し書きます。

 

まずこのデータはもう5年以上も前のデータです。ようやく出せました。

…って1年前のGPIR論文の採択時にも似たようなこと言っていましたね。なかなか論文としてのアウトプットまでもっていくのが難しいのですが,もっと出したいところです。

その後,さらに企業チームのデータも蓄積されていて,累計800以上のチームのデータが手元にあります。この統合データの分析結果もアウトプットしていきたいと思っています。

こちらは乞うご期待ということで,また頑張って論文書きます。

 

それから,チーム研究では,チームを単位に分析したかったりするのですが,その場合,チーム数がなかなか集まらないんです。

それでさえ,学生サンプルと比べて,企業回答はなかなか得にくいのに。。。

例えば,ある企業の100名から回答いただいた10チームのデータとかを得る機会があったりするのですが,分析ユニットが「集団・チーム」のときには,N=10で分析することになるんですね。

「N小さっ!単純集計くらいしかできない!」ってしょっちゅうなっています。

 

多変量解析をぶん回すことが多い最近の社会心理学・組織心理学研究としては,このデータ数の少なさはなかなかに致命的です。

 

今回は,もともとは1500人回答データだったところで,チームN=216となりました。
まあまあ,これだけあればまあまあというところでしょうか。

実証研究者は「データ収集と分析が命」なので,データそのものが集めにくいというのも,悩ましいところですね。

特に日本で,企業組織のチーム・集団研究が少ない原因の一つは,このデータの集めにくさの問題は大きいだろうなと思っています。

 

後は,チーム単位に集約すると相関がやたら強めに出てしまう点も悩みの種で,これも多変量解析に載せにくい原因になっています。

これは別に現在集約の仕方を工夫してなんとかしようとしているところです。

 

というわけで,また引き続き頑張ります!

 

[執筆書籍紹介] 越智啓太 (編集) テロリズムの心理学

2019年9月5日に『テロリズムの心理学』が発売されました。

私も「第2章 テロリズム発生における社会心理学的メカニズム」を執筆しています。

 

 

テロリズムの心理学

テロリズムの心理学

  • 作者: 越智啓太
  • 出版社/メーカー: 誠信書房
  • 発売日: 2019/09/05
  • メディア: 単行本

内容紹介
テロは人間や人間の集団が、偏見や怒り、集団間葛藤等によって引き起こすからこそ、その対策には心理学の知見は欠かせない。政治テロ、宗教テロ、国家主導テロなどが頻発するなか、本書はその発生メカニズム、テロリストの検出、事前阻止などについて過去のテロ事件から得た心理学的知見を集約し、最先端の研究内容も織り込んで多角的にテロリズムを考察した決定版。科捜研、科警研、警察機関等で研究・実践をしてきた第一線の研究者が書き下ろす。
 

目次

はじめに
第1章 テロリズムへの心理学的アプローチ 【越智啓太】
第2章 テロリズム発生における社会心理学的メカニズム 【縄田健悟】
第3章 実験社会心理学から見た集団間葛藤 【杉浦仁美】
第4章 集団の光と影 【釘原直樹】
第5章 テロリストの行動パタンとプロファイリング 【大上 涉】
第6章 テロリストの検出とテロ計画の情報収集 【平 伸二】
第7章 国家が主導するテロリズム 【大上 涉】
第8章 日本におけるハイジャックとその分析 【入山 茂】
第9章 テロリズムと人質事件 【横田賀英子】
第10章 テロリズムPTSD 【松本 昇】
索引

 

縄田の担当章「第2章 テロリズム発生における社会心理学的メカニズム」に関して

テロリズムは近年,社会心理学からアプローチした研究が増えています。
本章では主に集団間紛争の視点からテロリズムを理解すべくまとめました。

・社会的アイデンティティ,集団アイデンティティ
アイデンティティ融合
・集団間感情と集団間代理報復
・社会的報酬
進化心理学

など社会心理学研究のトピックから,テロリズムとテロリストを理解する研究知見を紹介しています。

ご覧いただけますと幸いです。

第2章 テロリズム発生における社会心理学的メカニズム 【縄田健悟】
 1.はじめに 
 2.集団アイデンティティ
 3.テロリストにとって得となる社会構造
 4.今後の展望として

 

本書全体に関して

日本国内でのテロリズムの心理学に関する詳しい本は初めてではないでしょうか。

第1章が,編者・越智先生が国内外のテロリズムの動向と心理学研究の動向をバランス良くまとめています。

 

第2ー4章が,社会心理学の視点からのアプローチです。

第2章は,私・縄田が執筆し,上述の内容です。

第3章は,杉浦仁美さんが,集団間紛争に関する社会心理学の実験研究を中心に紹介した章です。

第4章は,釘原直樹先生が「テロリズムに関連する集団現象の光と影」として,ジェノサイド,パニック,緊急時援助の3点から集団のダークサイドを紹介されています。

以上の3章分は,社会心理学者の私には馴染みのあるもので,逆に社会心理学がいかにテロリズムにアプローチし,貢献できるかという萌芽を示すものではないかと思います。

 

第5章から最後の第10章までが,グッと応用実践的な犯罪心理学研究としてのテロリズムの話になります。

執筆者も,(元含め)科捜研・科警研の方が多く入り,テロリズムを未然に防止したり,事後にテロの犯人を検挙していくかという犯罪捜査的な視点が中心になってきます。
この内容で書けるのはこの執筆陣だけではないでしょうか?

普通に,というと変かもしれませんが,普通に心理学を勉強していてもなかなかフォローできない話がほとんどですね。

私も知らない話ばかりで,大変勉強になりましたし,今後折に触れて参照させていただきたい内容です。

第5章 テロリストの行動パタンとプロファイリング 【大上 涉】
第6章 テロリストの検出とテロ計画の情報収集 【平 伸二】
第7章 国家が主導するテロリズム 【大上 涉】
第8章 日本におけるハイジャックとその分析 【入山 茂】
第9章 テロリズムと人質事件 【横田賀英子】
第10章 テロリズムPTSD 【松本 昇】

 

というわけで,国内の状況も踏まえて書かれた唯一の「テロリズムの心理学」の本です。
この執筆陣でしか書けない内容となっております。
お手にとっていただけますと大変嬉しいです。

 

ちなみに,日本語で読める数少ないテロリズムの心理学の本としては,翻訳本としてこちらもあります。合わせて紹介まで。 

テロリズムを理解する―社会心理学からのアプローチ

テロリズムを理解する―社会心理学からのアプローチ

 

ウェブ記事紹介

縄田がウェブ上で執筆した記事を紹介します。

 

文化学科へようこそ福岡大学文化学科ブログ)

 

社会心理学研究 論文ニュース

 

[論文紹介] Nawata, K. (2020). GPIR論文 "A glorious warrior in war: Cross-cultural evidence of honor culture, social rewards for warriors, and intergroup conflict"

新しく公刊された論文の紹介です。

 

Nawata, K. (2020).
A glorious warrior in war: Cross-cultural evidence of honor culture, social rewards for warriors, and intergroup conflict
Group Processes & Intergroup Relations
(戦争における栄光の戦士:名誉の文化,戦士への社会的報酬,集団間紛争に関する比較文化的論拠)

doi: 10.1177/1368430219838615

 

目次

 

本論文の概要

人類学分野の前産業社会186文化のデータベース(SCCS)を使って,「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」という社会文化レベルのプロセスを実証しました。

つまり,「タフで勇敢な男らしさを重視する名誉文化では,戦士であることで周囲からチヤホヤされて得になる社会なので,結果的に戦争が増えてるようだよ」という論文です。

一枚概要は下記↓

f:id:nawaken:20190522233159p:plain

 

問題・目的

名誉文化 (honor culture, 名誉の文化 culture of honor とも) とは,タフで粗暴で勇敢な"男らしさ"に高い価値を置く文化です。

この名誉文化は,個人レベルの対人攻撃性・集団間攻撃性を引き起こすことがかつてより指摘されてきました。

では,集合レベルのプロセスではどうなっているのでしょうか?特に戦争を代表とする集団間紛争との関わりはどうなのでしょう?


本論文では,
「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」
という集合レベルの仮説を立てて検証していきます。

 

細かい仮説をざっくりと箇条書きで説明すると,

  • 仮説1:名誉文化→集団間紛争
    強くてタフな男らしさを重視する名誉文化は,集合レベルの紛争(集団間紛争)を高める
  • 仮説2: 名誉文化→戦士への社会的報酬
    なぜならば,名誉文化では防衛的な暴力を肯定するために,集団を戦って"守る"役割である戦士には賞賛・特権・地位といった高い社会的報酬が与えられる。
  • 仮説3: 戦士への社会的報酬→集団間紛争
    そして,その結果,社会的報酬を求めて戦士が積極的に集団間紛争に参加するために,集団間紛争の頻度が高い(仮説3)と考えられるためである。
  • 仮説4: 戦士への社会的報酬の媒介効果
    以上の仮説1-3を媒介分析的な言い方をすると,「名誉文化が集団間紛争を高めるのは,戦士への賞賛が媒介するためだ」とも言える。


ということで,この影響過程を検証しました。


方法

本研究では,文化人類学分野のデータベースであるStandard Cross-Cultural Samples (SCCS; 標準比較文化サンプル) を使いました。

これは主に前産業社会を中心とした世界186の社会がデータベース化されたものです。

人類学者が各社会ごとに,例えば『この社会は集団間紛争の頻度は「1=あまりない」』などとスコアリングしています(ただし,欠損も多いです)。

今回は,名誉文化,戦士への社会的報酬,集団間紛争の頻度,ならびに統制変数に関する変数を取り上げて,分析に用いました。

 

結果

上記仮説を検証するために,2つの分析を行いました。

(1) 他変数を統制した重回帰分析の繰り返しによる媒介分析
(2) 欠損値を完全情報最尤推定で行ったSEMによる間接的影響過程の分析

→どちらでも同じく仮説どおりの
「名誉文化→戦士への賞賛→集団間紛争の頻度」
という影響が確認されました。

(1)媒介分析による検討:他変数統制

f:id:nawaken:20190522233854p:plain

 

(2)SEMによる検討:欠損値の完全情報最尤推定

f:id:nawaken:20190522233629p:plain

考察

以上より,予測通りでした。

「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」

という集合レベルのプロセスが確認されました。

男らしさの名誉を賞賛する文化は,特に防衛的な暴力を肯定・賞賛するために,戦士たちも賞賛する結果,どうやら実際に集団間紛争を増やすといった社会レベルの影響がありそうだといえます。
 
とはいえ,このデータ元は文化人類学が対象とするような前産業社会の話です。
逆に言うと,現代文明社会でも同じプロセスが成り立つのかは未知数ではあります。

現代文明社会でも同様に成り立つのか調べたいのですが,うまくデータを見つけられていません。
アドバイスあったらぜひご教示下さい。

最後に個人的思い入れに関して

最後に,せっかくなので個人的思い入れを少し書かせて下さい。

今回のデータセットを見つけたのは実は私が大学院生終わりかポスドクあたり,もう7年くらい前です。

 

私の博士論文は「他集団への仕返し行動の実験室実験」です。

そこで示したこと(の一つ)は,
「他集団への仕返しは,仲間からの賞賛を求めて行うことがあるよ」
というものです。
 
※下記論文参考。

しかし,この博論研究は,平和な日本の大学生が,小集団で 0-500円からどのくらいの罰金を課すのかを調べた実験室研究です。この知見をどこまで「リアル紛争」まで一般化してよいのか,少しためらいがありました。

論文のイントロには,「戦争や紛争で報復の連鎖が起きる」「賞賛を求めて人は集団間紛争に従事する」みたいなことを書いたのに,いざ実証場面では大学生が0-500円でいくらの罰金を与えるかという実験。

心理学の理論研究としてはもちろん今も価値があると確信しているのですが,一方で「この実験室実験の知見」と「リアル紛争」の対応をきちんと取りたいなあとずっと思っていたのです。
 
で,現実データを探してて,見つけたのが今回の論文で使った人類学分野のデータセットです。
 
これには「戦士への賞賛」と「集団間紛争」のデータが載っています。
 
これを使えば,博論の実験室実験で示した心理プロセスが,現実の集合レベルの集団間紛争でも同様に成り立つことを示せる!

そう思って,ずっとずっと出さねばと思ってました。

 

で,かれこれ他の仕事にかまけてぜんぜん進められなかったのですが,何年も経ってから重い腰を上げて投稿して,ようやく日の目を見たよ,というのがこの論文です。

だから,とても思い入れのある内容なのです。

 

追記:
2019.6.20 朝日新聞で本論文の記事を紹介していただきました↓

 

追記2:2020.8.11

正式に公開されると出版年が変わっていたので,変更しました。
Nawata (2019) → Nawata(2020)