新しく公刊された論文の紹介です。
A glorious warrior in war: Cross-cultural evidence of honor culture, social rewards for warriors, and intergroup conflict
Group Processes & Intergroup Relations
(戦争における栄光の戦士:名誉の文化,戦士への社会的報酬,集団間紛争に関する比較文化的論拠)
目次
本論文の概要
人類学分野の前産業社会186文化のデータベース(SCCS)を使って,「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」という社会文化レベルのプロセスを実証しました。
つまり,「タフで勇敢な男らしさを重視する名誉文化では,戦士であることで周囲からチヤホヤされて得になる社会なので,結果的に戦争が増えてるようだよ」という論文です。
一枚概要は下記↓
問題・目的
名誉文化 (honor culture, 名誉の文化 culture of honor とも) とは,タフで粗暴で勇敢な"男らしさ"に高い価値を置く文化です。
この名誉文化は,個人レベルの対人攻撃性・集団間攻撃性を引き起こすことがかつてより指摘されてきました。
では,集合レベルのプロセスではどうなっているのでしょうか?特に戦争を代表とする集団間紛争との関わりはどうなのでしょう?
本論文では,
「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」
という集合レベルの仮説を立てて検証していきます。
細かい仮説をざっくりと箇条書きで説明すると,
- 仮説1:名誉文化→集団間紛争
強くてタフな男らしさを重視する名誉文化は,集合レベルの紛争(集団間紛争)を高める - 仮説2: 名誉文化→戦士への社会的報酬
なぜならば,名誉文化では防衛的な暴力を肯定するために,集団を戦って"守る"役割である戦士には賞賛・特権・地位といった高い社会的報酬が与えられる。 - 仮説3: 戦士への社会的報酬→集団間紛争
そして,その結果,社会的報酬を求めて戦士が積極的に集団間紛争に参加するために,集団間紛争の頻度が高い(仮説3)と考えられるためである。 - 仮説4: 戦士への社会的報酬の媒介効果
以上の仮説1-3を媒介分析的な言い方をすると,「名誉文化が集団間紛争を高めるのは,戦士への賞賛が媒介するためだ」とも言える。
ということで,この影響過程を検証しました。
方法
本研究では,文化人類学分野のデータベースであるStandard Cross-Cultural Samples (SCCS; 標準比較文化サンプル) を使いました。
これは主に前産業社会を中心とした世界186の社会がデータベース化されたものです。
人類学者が各社会ごとに,例えば『この社会は集団間紛争の頻度は「1=あまりない」』などとスコアリングしています(ただし,欠損も多いです)。
今回は,名誉文化,戦士への社会的報酬,集団間紛争の頻度,ならびに統制変数に関する変数を取り上げて,分析に用いました。
結果
上記仮説を検証するために,2つの分析を行いました。
(1) 他変数を統制した重回帰分析の繰り返しによる媒介分析
(2) 欠損値を完全情報最尤推定で行ったSEMによる間接的影響過程の分析
→どちらでも同じく仮説どおりの
「名誉文化→戦士への賞賛→集団間紛争の頻度」
という影響が確認されました。
(1)媒介分析による検討:他変数統制
(2)SEMによる検討:欠損値の完全情報最尤推定
考察
以上より,予測通りでした。
「男らしさの名誉文化 → 戦士への社会的報酬(特権,地位,賞賛) →集団間紛争の頻度」
という集合レベルのプロセスが確認されました。
男らしさの名誉を賞賛する文化は,特に防衛的な暴力を肯定・賞賛するために,戦士たちも賞賛する結果,どうやら実際に集団間紛争を増やすといった社会レベルの影響がありそうだといえます。
とはいえ,このデータ元は文化人類学が対象とするような前産業社会の話です。
逆に言うと,現代文明社会でも同じプロセスが成り立つのかは未知数ではあります。
現代文明社会でも同様に成り立つのか調べたいのですが,うまくデータを見つけられていません。
アドバイスあったらぜひご教示下さい。
最後に個人的思い入れに関して
最後に,せっかくなので個人的思い入れを少し書かせて下さい。
今回のデータセットを見つけたのは実は私が大学院生終わりかポスドクあたり,もう7年くらい前です。
私の博士論文は「他集団への仕返し行動の実験室実験」です。
そこで示したこと(の一つ)は,
「他集団への仕返しは,仲間からの賞賛を求めて行うことがあるよ」
というものです。
※下記論文参考。
- 縄田・山口 (2011a, 実験社会心理学研究)
- 縄田・山口 (2011b, 社会心理学研究)
- Nawata & Yamaguchi (2013, Asian Journal of Social Psychology)
しかし,この博論研究は,平和な日本の大学生が,小集団で 0-500円からどのくらいの罰金を課すのかを調べた実験室研究です。この知見をどこまで「リアル紛争」まで一般化してよいのか,少しためらいがありました。
論文のイントロには,「戦争や紛争で報復の連鎖が起きる」「賞賛を求めて人は集団間紛争に従事する」みたいなことを書いたのに,いざ実証場面では大学生が0-500円でいくらの罰金を与えるかという実験。
心理学の理論研究としてはもちろん今も価値があると確信しているのですが,一方で「この実験室実験の知見」と「リアル紛争」の対応をきちんと取りたいなあとずっと思っていたのです。
で,現実データを探してて,見つけたのが今回の論文で使った人類学分野のデータセットです。
これには「戦士への賞賛」と「集団間紛争」のデータが載っています。
これを使えば,博論の実験室実験で示した心理プロセスが,現実の集合レベルの集団間紛争でも同様に成り立つことを示せる!
そう思って,ずっとずっと出さねばと思ってました。
で,かれこれ他の仕事にかまけてぜんぜん進められなかったのですが,何年も経ってから重い腰を上げて投稿して,ようやく日の目を見たよ,というのがこの論文です。
だから,とても思い入れのある内容なのです。
追記:
2019.6.20 朝日新聞で本論文の記事を紹介していただきました↓
追記2:2020.8.11
正式に公開されると出版年が変わっていたので,変更しました。
Nawata (2019) → Nawata(2020)