Nawata Kengo blog

社会心理学・集団力学・組織心理学の研究ブログです。

『暴力と紛争の”集団心理”』の刊行に寄せて

※本記事は,2022年3月4日にちとせプレスのサイトに掲載したものを本ブログにも転載したものです。

 

こんにちは。

『暴力と紛争の“集団心理”:いがみ合う世界への社会心理学からのアプローチ』をちとせプレスさんから出版いたします、著者の縄田健悟です。

ついに本日、発売されることとなりました。

今日はせっかくなのでフランクに本書を書いた動機づけに関する話も交えながら、自著の紹介をしてまいりたいと思います。

こうして紹介記事として書いてみると、本書の「序章」に本の全体像を描いたセクションがあるのですが、この記事に書いたような話も、もっと本の中に入れ込んでしまってもよかったかなと思うくらいです。

書いているうちに、あれよあれよとこの記事も6500字にもなってしまいました。

というわけで、このたびの自著紹介記事もしっかりと本書の内容に+αの部分があると思いますので、まずは本記事を読んでいただいた上で、さらにその勢いでそのままぜひ本書もお手にとっていただけると幸いです。

 

「暴力と紛争」を扱う心理学の本

本書は「暴力と紛争」の本です。

というと、物騒な「暴力と紛争」なんて自分と縁が遠いものだと思われる人が多いかもしれません。

「暴力と紛争」には、確かに戦争や民族紛争といった過激で物騒なものももちろん含まれますが、もっと身近な現象と一続きのものです。

例えば、

  • 自分の大学や会社がよそから馬鹿にされる発言を聞いて、怒りを覚え、強い口調で言い返した
  • 上司から「会社のためだ」と言われるがままに、顧客に損失を与える不誠実な行為を行った
  • 日本が他国よりも素晴らしいと感じ、隣国を貶めるような発言をした
  • ハロウィンの人混みの中でつい羽目を外して大声で迷惑行為をした
  • 悪友から「ビビってるのかよ」と煽られて、するつもりもなかった非行行為をした

 

といったような、自分自身、もしくは周りの人が行ってもおかしくないような、負の感情や反社会的ないし攻撃的な行動があります。

これそのものは通常は「暴力や紛争」とは呼ばないかもしれません。

しかし、重要なのは、そこで生じる”集団心理”の過程は、ここで例示したような身近な現象と、過激で物騒な「暴力や紛争」とで繋がっているものだという点です。

それは程度問題であり、地続きなのです。

逆に言うと、ともすればそういった身近にも生じるような”集団心理”によって、物騒で過激な「暴力や紛争」までエスカレートしていく可能性があるとも言えます。

本書を読むことで、身近な場面でも感じるような”集団心理”が過激な暴力や紛争へと至るプロセスとして理解することを可能とする社会的視座を得ることが期待できます。

 

そして、最後にも改めて書きますが、まさにこの記事を執筆している2022年2月末に、ロシアによるウクライナへの軍事的な侵略が開始されました。

残念なことに縁遠いものであったはずの「暴力と紛争」の脅威が以前よりもずっと身近になってしまいました。

この時代だからこそ、暴力と紛争の”集団心理”の理解はますます重要だ、とも言えるのかもしれません。

 

集団心理”とは

さて、タイトルの後半部分です。

本書のタイトルを『暴力と紛争の”集団心理”』と名づけましたが、集団心理という言葉に、ダブル・クォーテーション(「”」)を付けて、”集団心理”と表記しました。

なぜならば、”集団心理”という用語は、実は心理学者が研究場面で使う学術的な専門用語ではありません。

特に自分の専門を「集団」だと自認する研究者ほど”集団心理”という使わないだろうと思います。

むしろ同業の社会心理学者の方からは、「縄田の奴、本を出版するからって、ちょっと俗世狙いのタイトルをつけたな」と思われているくらいかもしれません。

 

しかし、もちろんそうではなく、あえてこの言葉を使うようにしているのです。

私は、自分が代表の科研費では、2016年以降助成を受けている2回に渡って、研究課題の題目に”集団心理”という言葉を入れています。

暴力と紛争を生じさせる”集団心理”に関する研究は、ここ数年に渡ってまさに取り組んでいる研究課題です。

 

一方で、単なる現在のマイブームだというだけでもありません。

本書にも書いたのですが、私の”集団心理”への興味関心の始まりは、学部生のときに遡ります。

社会心理学の勉強を始めたばかりの当時学部生だった私は、”集団心理”を検索ワードとしても心理学の論文がうまく引っかからず、学術場面で使われる専門用語ではなさそうだということを意外に思いました。

「え、”集団心理”って心理学用語じゃないの?
 じゃあ、あのアレやコレやの”集団心理”の研究ってどうなっているんだろう?」

そんな興味関心をきっかけに、私は集団間紛争を一つの研究テーマとして選び、卒論を書き、そして大学院に進学し、研究を始めました。

つまり、「暴力と紛争の”集団心理”」研究は、私の出発点でもあり、ずっとやりたかったことであり、そして現在改めて本格的に取り組んでいる研究なのです。

 

社会心理学における”集団心理”研究

研究を進めていく中で、社会心理学で「暴力や紛争の”集団心理”」自体が扱われていないわけでもないということも分かってきました。

社会心理学の中でも”集団心理”と関連する研究テーマ群はたくさんあります。

集団間紛争や集団間関係、偏見、差別、攻撃、没個性化、群集暴動、集団意思決定、同調、集団規範、社会的影響などなど。

もしくは、現実場面を取り上げて、民族紛争、外国人差別、いじめ、非行集団、犯罪組織、職場ハラスメント、などを対象とした研究もあります。

社会心理学の研究者は、これらから1、2個のテーマに的を絞って、実証的手法を中心に研究を行っています。

私もご多分に漏れず、そうです。

 

一方で、個々の研究は専門性が深まる中でトピックごとに細分化されています。

それらを、十把一絡げに”集団心理”と呼ぶと、ざっくり曖昧すぎる言葉使いになってしまうがために、研究場面ではあまり用いられてこなかったのかもしれません。

別の言い方をすると、”集団心理”はそれぞれ別々のトピックで研究されており、それらを統合的に議論することは少なかったとも言えます。

 

本書が目指したのは、この部分の克服です。

暴力や紛争を引き起こす”集団心理”を、既存の社会心理学の知見を中心として、大まかながら改めて全体を統合的に整理して提示すること

を狙って書きました。

一つ一つは散逸気味の社会心理学の知見を、一つの視点から串刺しに通して見てみようしたのが、本書だといえます。



2つの集団モードという視点から

では、本書で”集団心理”をどう整理したかというと、2つの「集団モード」という視点を採用して議論を進めました。

人間を機械になぞらえて、「休憩モード」や「戦闘モード」もしくは「お疲れモード」などと呼ぶこともあると思いますが、大まかにはそれと同じような感じで理解していただければと思います。

「集団モード」というモードがあり、そのスイッチがオンになるイメージです。

状況次第で人は「集団モード」のスイッチがオンとなり、集団での暴力に従事するようになるというのが、本書が描いた”集団心理”です。

 

この本では

  • (a) コミット型-集団モード
  • (b) 生存戦略型-集団モード

の2種類の集団モードに大別して、整理を行いました。

序章の図を一つ載せるとこんな感じです。順に見ていきましょう。

 

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(a) コミット型-集団モード

1つ目の側面は、自身が強く没入している自分の集団を守り高めようとして、暴力や紛争に従事するという側面です。

社会心理学では、社会的アイデンティティや集団アイデンティティと呼ばれるものと概ね同義です。

まずは、愛国心が引き起こす(場合によっては引き起こさない)集団暴力の話をしました(第1章)。

次に、いわゆる群集暴動や集団での匿名性が引き起こす攻撃性に関する研究に関して、古典研究とさらに近年の展開を紹介しました(第2章)。

さらに次の章では、人間の暴力的側面に関する社会心理学研究として有名なミルグラム服従実験や、スタンフォード監獄実験のさらにその後の話まで、近年の研究発展を踏まえて整理して議論しました(第3章)。



(b) 生存戦略型-集団モード

2つ目の側面は、いわゆる評判や賞賛獲得・拒否回避の話で、集団の中での自身の立ち位置を気にして暴力や紛争に従事するという側面です。

この生存戦略型-集団モードはさらに賞賛獲得(第4章)と拒否回避(第5章)とに下位カテゴリーへと分けられます。

賞賛獲得志向の生存戦略型-集団モードは、自らが攻撃すれば集団から賞賛されると考えて集団暴力に従事するという側面であり、英雄型集団暴力を引き起こします。

一方で、拒否回避志向の生存戦略型-集団モードは、攻撃しなければ集団から嫌われると考えて集団暴力に従事するという側面です。これは、村八分回避型集団暴力を引き起こします。

 

と、以上までが第1部です。

第Ⅱ部では、さらに外集団との相互作用に話を広げていきます。
偏見とステレオタイプ(第6章)、外集団脅威と非人間化(第7章)、報復による紛争の激化(第8章)といったトピックを扱っていきます。

そして、最後となる第Ⅲ部では、暴力や紛争を解消していくためにはどうするかという話で締めくくっています。

 

つまり、本全体の構成としては、

・第Ⅰ部(第1ー5章)が、内集団の中での話。
・第Ⅱ部(第6ー8章)が、外集団の認知と集団間相互作用の話。
・第Ⅲ部(第9章)が、暴力と紛争の解消・解決

という3部構成となっています。


本書を通して読んでいただければ、本の帯に入れていただいた文句

「我々」には戦う理由(ワケ)がある

の意味もきっと分かっていただけるのではないかと思います。

こんなトピックを入れ込んでいます

以上のように、2つの「集団モード」という視点を中心に全体を構成したのですが、一方で、たくさんある集団間紛争や集団暴力に関する社会心理学の研究知見をできるだけ詰めこみました。

つまり、テーマとしてはあれこれ取り上げながら、2つの「集団モード」から串刺しにしたという感じでしょうか。

キーワードも、羅列的に挙げておきます。

こういったテーマに興味・関心がある人は、何かしら琴線に引っかかるのではないでしょうか?

誰に読ませてあげたいって、学生時代の私自身に読ませてあげたい本ですね。
自分が一番興味があった話を整理して、詰め込んだものですので。

 

第1章 社会的アイデンティティ、内集団同一視、アイデンティティ融合、集団間優越性、国家主義愛国心、集合的ナルシシズム
第2章 没個性化、群集暴動、匿名性、SIDEモデル、ネット炎上
第3章 集団規範、ミルグラム服従実験、監獄実験とその後、従事的フォロワーシップアイデンティティ・リーダーシップ
第4章 評判、賞賛獲得、名誉の文化
第5章 拒否回避、多元的無知、内集団ひいき、集団主義
第6章 偏見、ステレオタイプ、社会的カテゴリー化、現代的差別主義、認知バイアス
第7章 外集団脅威、非人間化
第8章 集団間代理報復、集合的被害感
第9章 集団間接触、視点取得と共感、共通目標と集団間協力、共通上位アイデンティティ、反暴力規範、多様性と包摂性

 

こういう人に読んでいただきたい!

本書を読んでくださる方には、大きく分けて3パターンの方がいらっしゃるのではないかと思います。

(1) 本書の内容に興味を持って読んでくださる方
(2) 他のテーマを専門にする心理学の研究者
(3) 集団間紛争や集団暴力を専門とする社会心理学の研究者

どの方にも”刺さる”ような本になることを心がけて執筆しました。

 

まず、(1)本書のタイトルのような内容に興味を持って読んでくださる方には、「集団モードっていうのがあってそれが暴力と紛争を引き起こすのだ」という大枠の視点と知見を得ていただけるのではないでしょうか。

エッセンスの部分はできる限り、シンプルで理解しやすいものにして、見出しや図表をつなげて読むだけでも、全体像が把握できるものとなるように準備したつもりです。

読み終わる頃にはきっと「暴力と紛争の”集団心理”」に関するものの見方が洗練されることと思います。

また、個別の実験や調査に関する社会心理学の研究知見に関しても、私が面白いと思うものを選んで紹介しているので、読者の方にもきっと楽しんでいただけると思います。さらには、社会心理学という学問への興味を持っていただけるとありがたい限りです。

近接領域の研究者の方にも、理解しやすく、またご自身の研究に資する内容ではないでしょうか。

(2) テーマとしては別テーマを専門としている社会心理学の研究者の方々には、改めて理解を深めていただく機会にしていただきたいと思います。
社会心理学の話であっても専門テーマから少し離れると十分な理解は難しくなってきます。
集団に関する社会心理学の本じたいもそもそも少ないのですが、特に本書のような暴力や紛争の集団研究をまとめた類書はありません。
なんとなく聞いたことがあるけど詳しい話や最近の研究展開まではよく分かっていないという社会心理学を専門とする研究者や大学院生の方には、「あーそういう話なのか」と改めて理解を深める機会となるでしょう。

さらに、ぜひ知り合いの社会心理学の先生には、本書で整理した内容をもとに1、2コマほど授業してもらえると嬉しいですね。

(3)「集団間関係や集団暴力を専門とする研究者」の方々には、個別のトピック含めて、議論の呼び水として、お役に立つのではないかと思います。

本書は単なる解説書ではなく、私の視点から独自に整理した部分もあります。

専門テーマが近いほど、異論・反論・改善点もきっと思い浮かぶでしょう。

ご自身の研究にひきつけて議論していただいて、お互いに今後の研究の刺激になるとよいなと思います。

 

一冊の「本」を書くということ

もともと私は、論文という形式で学術的な成果をこれまで発表してきました。
これは私に限った話ではなく、社会心理学の研究者のほとんどはそうです。
こうした実証研究としてまとめられた個別の論文では、人間の心理や行動に関するデータから発見されたオリジナルな知見を発表することが主眼であり、小ぎれいに整理された話を提示するのに適しています。

一方で、せいぜい10ページ程度の論文には収まらないような、もう少し大枠を示すような話をしていくことが必要だと、私はこれまでずっと思っていました。

すでに書いたように、その関心の中心にあったのは ”集団心理” の負の側面 です。

そんな折、ちとせプレスさんからまるまる一人で本一冊を書く機会をいただけたのは、本当に幸運でした。
大なたを振るった部分もあるのですが、それでも恐らく本書を読んだ後には、暴力と紛争を引き起こす”集団心理”に関して、多少なりとも見通しがよくなるのではないかと思います。

しかしまあ、一人でまるまる一冊書くというのはなかなか大変でした。
当たり前ですが、そもそも本一冊というのは論文と比べても分量がかなりあります。
あれこれ書いているうちに、最終的に製本すると384ページにもなりました。

結果として、ちとせプレスの櫻井さんから最初にお話をいただいてから出版まで6年もかかってしまいました。

とはいえ、6年かかったからこそ、その間にじっくりコトコトと熟成されたのではないかと思っています。

多くの方の手にとってもらえることを願っています。

 

そして、最後に改めて触れておきたいのですが、期せずして、ロシアによるウクライナへの軍事侵略が始まったまさにこのタイミングでの刊行となりました。

日々刻々と情勢が変化している最中であり、今から世界の歴史が一変する可能性も十分にあります。

この本はすでに述べているような内容の本ですので、軍事独裁者の”心理分析”をしている本でも、できる本でもありません。また、個別の侵略戦争の解決に今すぐ役に立つ処方箋が出せる内容でもありません。軍事のロジックと民衆心理のロジックもそもそも違います。

この悲惨で暗澹たる現状に学術研究者がすぐに役に立てるわけではないというのには内心忸怩たる思いもあるのですが、だからといって学問や研究が無力というわけでは決して無いと私は信じています。

たとえ遠回りであっても、本書で議論してきた「暴力と紛争の”集団心理”」を理解することが、ほんのわずかでも世界の平和に貢献するものとなればと願ってやみません。

 

(著者:縄田健悟) 2022年3月4日